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1990/5/28 Tokyo University of Foreign Studies
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2009年9月5日土曜日

屍鬼

小野不由美さんの超長編・ホラー小説です。日本のホラー小説といえば小野さんの「屍鬼」が三本の指にあげられる、とどこかの書評家が言うくらい、圧巻な本。ハードは上下巻、最近はコミックス化もされているようで、あたし以外の家族はそっちからのめりこんでいるようです。

あたしは高二の夏、深夜にベッドで読んだ。
怖いことは進んでやっちまうほうです。妄想か。
窓の外に誰かいるんじゃねえかとか、部屋に誰かいるんじゃねえかとか。ひとりで怖い妄想してひとりでその演出に影響されてるバカです。眠れないとかいうことはないからたいへんに図太い神経を持っているみたい。

コミックスの方ではどうやら物語の核心に迫ってきているようで、あせった母が先の展開の説明をあたしに求めてくるが、(めんどくさいし)教えてません。
大体、読む前に話わかってたら読む気なくなりませんか?

ハリー・ポッターは友達にネタばらししたけどね。あれは発売されてから一年以上経ってるのに読もうとしない方が悪い、と言い返すんですけど。非難がひどかったな…ww

そしてそもそも、あたしは読んだ本の内容はいちいち覚えてない。何度も読む本なら覚えてるけど(ぶらんこのりとか)、それでも話の展開まで覚えてらんないもん。いっぱい本読むから。
大事なフレーズとか、印象とかは覚えてる。そのときどんな気持ちになったか、ぐらいしか思い出せないから。細かいところを聞かれても「そんなの自分で読め」と思う。
それに話を全部覚えてたら、何度も読み返す必要なくなっちゃうじゃない。使い捨てにされるような本は、ケータイ小説とかで十分でしょ? 何度も読み返すように、紙媒体で本、というものがあるんじゃなかろうかと思うんですが。

「おもしろい本を教えて」と友達に聞かれたことがある。そしてあたしは大概返答に困る。上記のような理由であまり思い出せる本がないというのが半分、「お前の好みなんざ知るか」というのが半分。
ひねくれた性格だから、人が勧めたり世間でベストセラーになっているのはなかなか読まない。自分で見つけることに意義があると思い、背表紙とか煽りとか、まぁ勘で選ぶ。だから書店よりは図書館のほうがあたしには合ってるのかな。

「屍鬼」に話を戻すと。母や弟は主人公級の登場人物が死んでしまうことに納得いかないらしい。
…別に、この話の状況上、すごく、死んでも不思議ではない、という感じがするんだけどなあ。
むしろ「主人公だから死なない」というステレオタイプに問題があるんじゃないか。
ダイ・ハードで刑事(名前なんだっけ)が死なない方がおかしい。
こないだも書いたけど、死なない人はいないんだから。不謹慎に聞こえたらごめんなさい。

あたしは今、原典の下巻を読み進めてます。ずっしり重いハード本、だぁいすき。

美人を描こうと思い立ち


まず下書きをパーっと描き
(これまでの経験で 大雑把に描き過ぎると あとから修正できないと知る。ので模様も結構細かくしてみた。実験的に。)

なんちゃってシャドウを描いてみる。黒は不気味だと母に言われる。


天王山・顔は一番時間がかかった。何回も書き直して もう何が何だかわからなくなる。
色鉛筆の美点は、こういう優柔不断さを甘く見てくれること。



顔の影が濃すぎる。でも茶色もどうかと思うのでこのままランナウェイ。
写メった後も何度も修正。

納得いかないけど これ以上は弄れないので終了。
御屋形様は美しすぎて 描き切れなかった。(結論。)

2009年9月4日金曜日

クレヨンしんちゃん

昨今「PTAに聞きました 子供に一番見せたくない番組orアニメ」で取りざたされている けれども長寿作品。大好き。それこそ実写化されるよりずっと前からね。
上映会に弟と行って、すんでのところで泣きそうになったもん。

「あっぱれ戦国合戦」。あれタイトルこれでよかったっけ? 「嵐を呼ぶ」が付くようになったんだよね。

ぼろぼろ泣くしんちゃんにつられて泣いちゃうの。涙って最強の武器だよね。
「平成狸合戦ぽんぽこ」でも泣いたけどねあたし。

映画も、30分アニメのほうも、「家族愛」というテーマを貫き通したいい話だと思うんだけどな。
お下品なところは愛嬌ですよ。あたしだって新潟にいた時分は真似しておかんにたいそう叱られましたよ。証拠のVTRだってあるんだ はやく処分してくれないかな・・・!!

今日レンタルビデオ屋にいったら話題の「戦国」がカラ欠でした。みんな時流に流されおって…!!

CSIのシリーズ5と、クレしんの西部劇映画と、あとジャッキー・チェンの「プロジェクトBB」を借りた。ひそかにアクションがマイブーム。マイブームなんだからそらひそやかだわね。
「プロジェクトA」のクライマックス、あれはアクション魂を魅せられちゃった。成龍に。
「ドラゴン・キングダム」ではあたしの中の孫悟空像をものの見事にぶちこわしてくれた名作でした。西洋人がカンフーやるってのも新鮮でいいよね。

ロマンティズム of  シャボン

今日 いきなり。
シャボン玉に嵌りました。


楽しい…!!

童心に帰れるんです。って嬉々として家族に言ったら「まだ童心だろ」と言われて渋々納得している自分がいる。
確かに子供っぽいところは否めないですよ。去年の頃だって先を走る自転車中学生を追い越そうとめっちゃがんばって自転車こいで、その子にマジでビビられたから。結果その子うちの近所だったっていうね! もう恥ずかしい!!

こんなに楽しいシャボン玉なのに 近所のKidsがどうしてやっていないのか理解に苦しみます どうせあいつら室内でゲームばっかりやってるんだよ。ありえないドラゴンとかをめった切りにして血しぶきドバァってなっても動じない子供に育っていくんですよ これはうちの弟だ

ネットでいろいろ調べて、シャボン玉のことに詳しくなろうと思います。起源とか、歴史とか、文系的なものから、「どうやったら割れないのか」「ドライアイスで固まるシャボン玉」とか理系的なことまでね。

…まぁ、壊れないシャボン玉なんて作っても面白くないんだけどね。シャボン玉は壊れてしまうからこそ、美しいんだよ。日本人はあっという間に散ってしまう桜のような「儚さ」が好きな人たちなんだって。だからあたしがシャボン玉を好きになった理由も、日本人的な感性から来てるんだと思う。
人生とダブってるなんて そんな詩人なこと 言うわけないじゃないか…!!

今日は家のあちこちからシャボン玉を飛ばしました。
夕暮れ間近だったのに外にはおしゃべりしているおばあちゃん二人しかいなくてね。倦んだ時代の子供たちに見せてあげたかったんだが。
夕暮れにシャボン玉は合います。とても綺麗。じゃあ夜はどうだろう、朝焼けの時はどうだろうって今からどきどきしてるんだけど、今日でもう買ったぶん使っちゃった。

115円であたしの楽しみは買えるんだ

2009年9月3日木曜日

まさかのハイクォリティ

・・・・・・高一のときに 部活休んで(みんなの冷たい非難!) 屋久島行った時の写メ。

綺麗な景色が大好きだ。人が写ってないのがいい。

なのに書店になかなかない。水着のねーちゃんとか、もしくは水着すら着てないねーちゃんとかしかいない。

ニーズはないかもしれないけど風景写真集くらい 置いてくれよぉ・・・


あ やべ 授業一つ とりわすれた あッー!

メンドクサイニッテイニナリソウdeath

もうねちまうかな

killer smile

King of Pop、Michael Jacksonの萌え画を投稿してから、絵をアップしてませんが。







着々と描いているのですよ今…!!


こないだのスキンヘッドの失敗を教訓に、出来上がってからアップしようかなと思いまして。
途中経過は撮りだめてるけど、まぁそれも出来上がってからね。
着物の柄がとても細かくて、時間がめっちゃかかってます。

友達の誕生日画も描かないといけないのに…!!(誰も頼んでない)
少なくとも10月終わるまでに4枚は仕上げないと…!! ぶっちゃけもうジブリは飽きたんで(うおおおおい)、もっというと二次元は飽きたので リアルな人も言ってくれれば描いてあげるんだけど。

もっともあたしの気に言ってる被写体でないと描かないけど。
芸能人でも、好きでもない人は描いててもテンションあがらない。適当になる。

2009年9月2日水曜日

電車sorrow

前にもこんなこと書いたかわかんないんですが。
電車乗って、外を眺めてると、人間ってこんなにいるんだなーって感じる。
小田原の新幹線のホームとかね。名古屋方面にぼーっと突っ立ってると大きなマンションがみえるの。
あの綺麗に区画されたひとつひとつの部屋に、ひとつひとつ、別々の家族が別々の生活送ってるのって、なんだかとっても不思議。高さ・幅の少しの違いで、生活はまるきり違ってくる。

電車乗ってると、そういう幾つもの「生活」を何事もないように(まぁないんだけど)通り過ぎていくから、千葉にいたころかなー、小学一年生くらいだったのにすごいさみしい気がした。

こんなにたくさんの人が 世界にはいるんだろうけど、その人たち全員と知り合いになることはないんだな、と思うと。

今さらですがそんなに社交的な人間じゃないし、友達百人作りたいわけでもないんだけど、凄い惜しい気がした。当時はね。

今は…どうだろ。小さな土地にしがみついて必死に生きてる人間が、こんなにもいるんだなと思うと 人間ってなんなんだろとか思う。

こんな妙な考えしてるのは「屍鬼」読んでるからですね。「死は等価で、誰の身の上にも起こることだからひどいと思う」という考え方は今まで持ったことないから、印象的。そうだね、生前にその人が何をなして、どういう状況だったから残念な死だ、とか大往生だ、とか言うのは不自然なんだな。
じゃあ若くなきゃ死はひどくないのか、と言われたらそれは返答に窮すでしょう。だけど若い時は、訪れる死への可能性をあまり考えないから、唐突に未来を奪われた気がするから余計に惜しい、気がするんだって、「屍鬼」では言われてた。あたしは別に主張するわけじゃないんですが。ああこういう観念もあるんだ、と。

長くなってしまった。でも「死」って誰にでも起こることだけれど、軽々しく口にできない(とされている)ことだから、これくらい割いてもいいのかもね。読む人は大変に苦労すると思うけれど。

人間は何のために生きてるんだろう、と少し哲学的に考えてみた、のかな? ごめんなさい哲学苦手なんだ 小難しい表現で有耶無耶にされている気がするの 結局 答えなんて見つかるはずもないのに 考え込んでしまうから どんくさいんだなぁ あたし 他の人はそんなこと考えていないか、気づいていてもそれを意識の片隅に追いやる程度の器用さは持っているんだろうね

本当に長い… でも 書きたいことは 書けた気がする。秋って理屈っぽくなる季節